マルクの眼

千字一夜

また何者かになるということ

 

「何者にもなれなかった」と言われる。私もそう思う。別の見方をすれば、私は私になってしまった。そうとも言える。「何者かになりたい」は自分ではない何者かになって我を苛む恐怖や焦燥から我を救いたまえと願う祈り。かの木村カエラは言いました。『自分らしくいるのが怖いなら 誰かのフリしたっていいじゃない‼︎』。パロディが好きで誰か・何かしらの文体を真似る事に固執する私も或いは自分らしくいるのが怖いのやも知れぬが、そのパロディの中に潜む自我や自己主張こそが己の本質であって、模倣しきれず溢れる凡庸の泉に足を浸しながら水面に映る自分を見つめている。

「何者にもなれなかった」の前提となる欲求、「何者かになりたい」の"何者か"とは何者なのか。自分以下の社会的弱者ではない。ならば平均的な、平々凡々とした人間か、といえばそうでもない。大抵"特別な肩書きを持った人"が"何者か"である。かの中田ヤスタカは言いました。『ねぇ みんなが 言う「普通」ってさ なんだかんだっで 実際はたぶん 真ん中じゃなく 理想にちかい だけど 普通じゃ まだもの足りないの』。「特別な人間になりたい」をマイルドに、社会に受け入れられる表現に直すと「何者かになりたい」になる。そうやって自分の理想像を濁らせて、また、そうなれなかった時にかく恥を最小限に止めようとして、「羨望を集めたい」「チヤホヤされたい」という実に凡愚的欲求を哲学めかして抱き、結果できあがるのが「自称何者にもなれなかった人間」だ。かのサカナクション山口一郎は言いました。『好きな服はなんですか?好きな本は?好きな食べ物は何?そう そんな物差しを持ち合わせてる僕は凡人だ』。山口一郎ですら凡人で私たちが何になれようか。

山月記の李徴が語る『我が臆病な自尊心と、尊大な羞恥心』とは、「己は何者かになれる」と信じながら、才能不足を自覚することを恐れ、何者かになる努力を真に行わない魂だ。私は私は私は何者になった何者にもなれなかった何者だ何者だ何者だと繰り返し自問自答するお前は逃れようもなくお前だ。かの仏陀は言いました。『他人のしたこと、しなかったことを見るな。ただ自分のしたこと、しなかったことだけを見よ。』

相対で見れば、"何者か"と呼べるのはごく一部の頂点。本来、我々は皆、絶対的に"己"であり、それは"何者か"である。問われるべきは"何をする何者か"であって、その肩書きや地位ではない。

 

 

"麺屋 久佐磨 -kusama-" 本日開店

 

 

本日、私の終生の念願であった"麺屋 久佐磨-kusama- "を開店し、みなさまにラーメンを味わっていただきたいという私の心からの希望が達せられました。これは私の生涯に於ける最大の喜びであります。

私の人生はラーメンによって開かれました。私はラーメンを食べることに、スープの奥深い輝きに、深く打たれ、心を打たれ、食と生命の深い交わりの中で、幼かりし頃より私を毎日おそってくる死への憧憬、最愛なる人類に対する私の限りない畏敬の念とを抱きながら、世界のあらゆる所で闘い、自分の人生をラーメンに捧げてきました。私は人生をラーメンの求道の中に置いて、生命の尊厳に対する深い憧れ、人類の素晴らしさが初めて現れた。今この時にも私の人生は始まっているのです。

私は、私のラーメンのスープの一滴、メンマの一口でも、ラーメンを愛するみなさまの中に残したい、新しいラーメンの真髄を見つけたい。すべての人類に捧げる私の心の底からの敬意と愛情、調理への意欲と美食への希望に対する私の情熱を、みなさまに見て、香って、味わっていただければ、これに勝る喜びはありません。そして、私のラーメンを味わった若い人たちに、私を乗り越え、不滅の志をもって高く高く、宇宙の果てまでも、最高のラーメンを追求して貰いたい。ラーメンによって救われ、死の憂鬱の影を振り捨てて、心からスープと麺への賛美を歌わんとする、私の生きて来た道をひとつでも見つけていただければ、本当に嬉しい。

ラーメンは素晴らしい。私は自分のラーメンの力を信じて、何十年も闘ってきました。今も世界には戦争や飢餓、貧困、人間に対する沢山の憎しみや傷跡が絶えません。私はラーメンの力、愛の力をもって、世界に平和と美食の素晴らしさを伝えたい。全てのかがやく生命に、私の精魂こめた温かいラーメンをぜひ食べて欲しい。

さあ、ラーメンは無限だ。もっと独創的なラーメンを沢山作りたい。もっと時間が欲しい。私は生きたい。無限の生と死の輝きをもって、命の限り、五徳の炎が消える終わりの日まで、私はラーメンを作り続けたい。その日まで、あなたたちの志をもって私を鼓舞していただきたい。私が死んだあともみなさま、どうぞ私のラーメンを愛してほしい。私の愛するこの店を、是非みなさまの最大の愛をもって一生愛して頂きたいと思っております。よろしくお願い致します。

                                平成29年11月7日  店主 謹白

 

メニュー表(価格は変動する場合があります)

・華やいだ幸福の夢 ¥680

・ネギ華やいだ幸福の夢 ¥730

・チャーシュー華やいだ幸福の夢 ¥830

・ネギチャーシュー華やいだ幸福の夢 ¥880

・憂える我が心 ¥730

・ネギ憂える我が心 ¥780

・チャーシュー憂える我が心 ¥830

・ネギチャーシュー憂える我が心 ¥930

・辛味憂える我が心 ¥830

トッピング

・ネギ ¥50

・メンマ ¥50

・チャーシュー(バラ2枚) ¥100

・チャーシュー(ロース2枚) ¥120

・わたしの死 ¥100

単品

・永劫のかがやきを持った二つのまなこ(6ヶ) ¥250

・永劫のかがやきを持った二つのまなこ(10ヶ) ¥320

・野菜永劫のかがやきを持った二つのまなこ(6ヶ) ¥300

・野菜永劫のかがやきを持った二つのまなこ(10ヶ) ¥380

・ネギチャー丼 ¥150

 

悪意のあるコンテンツとしてのブログ

 

・歌

仕事でカラオケをした。年の離れた人達の前で歌いたくない!好きな歌を知られたくない!逃げたい!と思っていたのだけど、「有楽町で逢いましょう」という持ち歌があるのを思い出して歌ってみたら、「ビックリ隠し芸だわね」とおばさん役員に言われるくらい評判がよかった。キーが低くて歌いやすいし老人受けばっちりな曲で本当に助かった。フランク永井に感謝してる。永井、サンキュな!彼氏と初めて会ったのが有楽町だったから記念に覚えたんだけどね。彼氏ができためのくるまはこうやって積極的にノロケていくからヨロシクな。

 

・罰

上記のような苦労話に見せかけた自慢やノロケ話をすると私の文章の粗を探すことにお熱な方が自律神経を勝手に爆発させてキラキラと舞い散りながら輝くのでとっても綺麗だね読む神経毒虫コナーズテクノ〜〜って感じ。バチが当たってお尻におできが出来た。はじめはニキビかな?なんだろな?だったモノが筆舌尽くしがたい痛みに転じてまともに座ることさえ出来なくなったのは本当に生き地獄で、それが二つも同時に出来たのだからさぁ大変。病院で診てもらい、「かなり悪化してるから」とその場で手術、摘出と相成った。いや摘出て。急に摘出ってなんなの。膿?の入った袋というか大豆サイズの玉みたいなものを「取れたよ〜」て見せつけられたんだよな、医者に。めっちゃiPhoneで尻の写真撮られたし。その二点だけ全く腑に落ちてない。でも治してくれたお医者さんにはとても感謝してます。お医者、サンキュな!こうしてお尻に穴が二つ増えた。

 

・酒

"術後しばらくはかなり血が出ます。ガーゼは二日間外さないでください。運動・飲酒・入浴は一週間控えてください。"と、病院で貰った手紙に書いていた。でも飲んだ。すぐ飲んだ。だって新宿にいたんだもの自分の声を信じ歩けばいいの。それでも少し気を遣って鳥貴族でベルガモットチューハイを飲んだんだけど、時間経過でどんどん尻が痛くなる。あの木のベンチみたいな鳥貴族新宿三丁目店の座席な、あれのせいもある。家に帰ったら術痕に当てたガーゼが血でビッチョビチョになってた。潜在的な、動物としての本能レベルでそれはそれは恐怖を感じましたとさ。

 

・血

翌朝、ピクニックという名のツイッターオフ会と友人の結婚式をはしごする予定があり、必ずシャワーを浴びねばならなかった。そしてガーゼを外す。ガーゼは傷跡に差し込むように当てられており、昨晩の血で癒着しつつあった。それをンアーーーーーーー!!!!ウォオオオオオオ!!!!!と叫びながら剥がすこと二回。ホラー映画でしか見たことのない、血に染まるバスルーム。鮮血〜〜!必死に新しいガーゼを貼り付けて家を出た。ピクニック自体は、まぁアレとして、ピクニックを離脱し品川のホテルにつく頃には礼服の臀部に血がついてゴワゴワと乾いていた。参列の友人たちに事情を話すと「そこのコンビニでナプキン買ってこようか?」とのお申し出。さっすが新婦友人枠でのご招待❣️多い日でも安心❣️「夜用ならカバーできるはず!平気よ!」など言われたものの丁重にお断りして、式と披露宴に参列。神前式だったら赤不浄で社殿に上がれなかったな、などと思いながら淡々と披露宴で飲み続け、ピクニックに再合流。華麗に終電を逃して彼氏の家へ転がり込んだ。

 

・恥

深夜まで営業!激安の殿堂ドン・キホーテ大明神様でガーゼとテープを買い求め、お風呂上がりに彼氏に貼ってもらう、尻に。まだ付き合って間もないのにこんなことって。羞恥と困惑に満ちた表情を枕で隠す私を尻目に、彼氏は全く動じずにただ黙々とベッドに横たわる私の尻にガーゼを押し当てるのでありました。

我が背子の 御心映えや 有難し

 

・穢

「お尻からの出血が止まらないので今日は仕事休みます。」彼氏の家のベッドから職場へ電話を掛けて、また布団に潜り込む。血が出てるから休むってなんか宮中女官っぽくない?そうでもない?黒不浄はあるけど赤不浄の出仕停止ってあったっけ?と思いを巡らす。古代、不浄や穢れの思想は天然痘など疫病の蔓延を抑制するための有効な手段だった。菌の存在は知らないものの、見えない何かが人から人へ伝染していることは感覚的に理解していたんだろう。それを"触穢"と呼んで穢の伝搬防止に努めた。しかし千年のうちに信仰上の概念と化して、本来の意味は失われてしまった。どこぞの僧職が曰ったらしい「おしっこを入れたコップ」の喩えは、本来の信仰に照らせば頓珍漢ながら現代の感覚を巧く言い得ている。事故物件を忌避するのも同じ感覚だ。

 

・賤

どちらかと言えばリベラルなゲイ界隈、流石にそんな俗信に支配されていないと思っていたけれど、まぁそれほど体系的な考えもないのだろう、未だに職業賤視の中にそれは残っているようだ。最近アカウントを消した意地悪ブス界隈の総大将が、消える直前に某売り専叩きを展開していた。 それ自体は単に醜い私怨に見えたのだけれど、便乗する人々の性産業従事者への蔑視は根深そうだ。ご自身のその忌避感の根源がどこにあるのかも知らず、理論的に説明できない感覚的な批判。そもそも同性愛や性産業を穢れとするのは日本古来の思想ではないし、彼らの理屈に従えば私は一般職のような卑しい物売りや人足とお喋りすることもご遠慮させていただける。本当にバカバカしい。職業に貴賤はない。あるのは歪んだ差別意識だ。

 

・燃

身をもって盛者必衰の理を表した例のアカウント、それに対するスタンスは人それぞれ。周囲にはミュートあるいはブロックしている人が多かったけれど、「ブロックして晒されるのが嫌」という声が一定数あったことも印象的だ。是々非々で距離を保ちつつ付き合う大人、媚び付きて晒しや叩きを回避する若者。あれとどう関わっていたか、アカウントは消えても@ツイートは残る。「えっ?ステキな人とツイッターで知り合った?付き合う前に"@相手のID  @0chinp0k0_chupa"で検索だよ!」こうやってホモツイッタラーの人間性を知る為の指標として今後も役立ちそうだね。ぱぴい、サンキュな!以上、現場からでした。

 

 

ゲイ鏡「ニベロの待ち合わせ」

 

平成で言う何年のことだったでしょうか。

今となっては昔のことですが、友人と待ち合わせをするため新宿二丁目にあったカフェ・ベローチェという喫茶店におりました時、前髪系・ゆるポ系の男性同性愛者があまた笑いさざめく中に、際立って齢を重ねた様子の男性同性愛者が二人、向き合い座っていらっしゃいました。

しみじみと、

「随分と年寄りがいたものだなぁ」

と感心して見ておりましたが、彼らの内の一人が楽しそうに目を合わせて言うことには、

「十代で地元を捨て、華々しい出会いに胸躍らせながらこの都に上った若者たちも、歳を重ね終には何処かへ去ってしまう泡沫の世の中で、またこうして此処で貴方にお会いできたことは大変な喜びです。昔はフォロワー数3000台の店子として活躍をされていた貴方が、交際相手に裏切られて借金を負い、失意のままこの街を後にされた頃は、私たちも随分と心配をしたものです。今では肌は老い、肥え太って頭髪も疎らですが、まだ"リッキーくん"と、あの頃の源氏名でお呼びしてもよろしいのでしょうか。」

と言うので、もう一人の男性が、

「世の人の言葉に"美人薄命"とありますので、私もあの夏目雅子のように美しいままこの生を終えるものと思っておりましたが、何の因果かこの様に恥を晒して生きております。しかし、こうしてまた貴方に会えた事で、恥を忍んで生き長らえた甲斐があったと嬉しくも思うのですよ。絶えず流れていく川の水のように人々が入れ替わるこの都で、私が初めて"街"へ出た十八・九のころから"カシオレ一杯で五時間粘るババア"と有名だった貴方が、こうして餓鬼のような様でも生きて暮らしていることは、いかなる神仏のご加護か邪鬼悪霊と契りのあったことでしょうか。近頃は昔語りができる人もめっきり減りました。どうぞ今日はその名前でお呼びください。」

と言いますので、カシオレババアは、

「かつて夏目雅子に自らを重ねた貴方が今や猪八戒とは、この世の栄枯盛衰とはこのことを言うのでしょう。常々プリン体の摂取に気をつけてきた私が、今も岡田奈々のようなスレンダー体型を維持しているのは本当に素晴らしいです。それにしても、まあ。貴方が高血圧で逝ってしまう前にまた会えたことを、つくづく嬉しく思う今日ですよ。」

と曰うので、このデブとキショガリは一体どれ程の古釜なのだろうと、一人二人となく辺りに座る男性同性愛者たちは皆、思わず口をつぐんでその二人の昔語りを興味津々に盗み聴くのでありました。

 

 

 

ネオ・ネット・ネオテニー

14才の男の子がエッチな画像をTwitterに投稿していて大変ショックだった。

精神が未熟なまま性的に成熟してしまうのが人間の自然とは言え、動物的な本来でいえば未熟なオスに性交のチャンスはない。なのにSNSの進歩は未熟な人とそれを手篭めにしたい人を簡単に繋いでしまう。私が子どもの頃、斯様の事がなかったかと言われればそうでもないんだけど、精神未成熟のまま成長できない人を見かけることが増えた。

"性的に需要がある"ことは人間としての一つの完成形と言えるわけで、それが向上心を削ぎ、内面的成長を阻害するのではないかと思う。私の出た学区ではイケメンほど低学歴・低所得で早めに結婚を済ませて子どもを作っている。それが不幸だということではないのだけれど、果たして彼らが選択して今の未来を作ったのか甚だ疑問だ。しかし結果的に早熟であっても、得たものが現実に形となって彼らの人生を彩るならばそれは完成に向かっていくだろう。SNSでちやほやされる少年らとは、そこが根本的に違う。

悲しいことに犯罪的な若さすらネット上では持て囃されるかもしれないが、それは虚構で、まやかしで、現実ではない。いくらフォロワーを増やしても、それは自分の力ではなく、若さという希少価値でしかない。電柱の蛍光灯が群がる蛾の数を誇りますか?無料で見られるエロ動画が自分の再生回数を誇りますか?辛く虚しいことだ。

同性愛に悩んで自殺するくらいなら、SNS上で自分に需要があること知り生きていて欲しいとは思う。だけど未熟な若者を誑かし唆し性的搾取を行おうとする輩はいるわけで、その空虚な"人気"が彼らの現実にどんな悪影響を及ぼして、どんな破滅に向かわせるのか想像もできない。いざとなれば体を売ればいいとか、そんな場当たり的な思考を養ってほしくない。精神的に向上心のない者はばかだ。小説の登場人物だが、私はこの言葉を重く受け止めて死んだKのことが忘れられない。

若くしてネットに染まって、悪い大人を弄ぶくらい強かに生きている子もいるけれど、そのツケが学生生活の馴染めなさや社会人として身の振り方下手として表出することもある。

なんにせよ大人が悪い!あまりにもインモラルだ。やり場のない母性と保護欲が暴発して有害図書認定したりPTA役員を務めそうな私の目に中学生のエロ垢を触れさせないでくれ。私は心穏やかに生きたい。

 

我が同窓

ノンケのチンコを食うかもしれない。

こういう話をするとウッとなって即座に読むのを止めてしまう人がいるけど、まあそれでもいい。そのノンケは私の高校の時の友人で、思えばもう10年の付き合いだ。年2回、夏と冬に会っている10人の友人の内の1人で、仲がいい。彼は昔からいじられキャラだが頭がいいので自分から笑いをとっていくことも多く、学年でも有名人だった。僕と彼の関係はなんとも言い難いが、ベクトルは違うもののお互いに面白い人間だと思っているので、会うたびの情報交換は一つの楽しみになっている。

ストレートで慶應の理工に合格し、企業偏差値63の会社に就職した自称"4K"(高身長・高学歴・高収入・慶應)の彼だが、宿命のライバルがいる。学生時代から陸上のタイムやテストの結果などで事ある毎に競ってきたそのライバルは、奇しくも慶應経済・企業偏差値61に就職という似たような経歴を辿っている。ライバルは一浪で身長も高くないが、性格が良く人徳があるのでいつも人の輪の中心におり、付き合いの長い彼女がいる。実のところ彼ら2人は仲が良いのだけれど、我々仲間が2人の競う姿を楽しみにしているので、お互いが「お?ビビってんのか?笑」と挑発しあってプロレスをしてくれるのだ。

2年前に集まったときは4Kにも彼女がいたので「彼女のスペックで競え」と我々外野は囃し立てたけど、流石にそれはゲスすぎて実現はしなかった。その代わりに今後の彼らの人生で「学歴・年収・家・妻・子」の5種目を競う「人生五種」が始まった。学歴については浪人なし理系の4Kに軍配が上がり、年収は拮抗。なかなかいい勝負になりそうで、また集まる楽しみが増えた。

ところが先日会った時、4Kに元気がなかった。我々の集まりとは別に数日前クラス会があり、そこでライバルが結婚発表をしたらしい。私は諸用があって欠席だったので知らなかったが、交際期間の長さを考えればさして驚くこともない。だが4Kにはショックだったようだ。その近況報告の流れで、誰からともなく最近は性欲減退が著しいという話が出た。それぞれ自慰の回数が減ったとか勃ちが悪くなってる気がするとか。ノンケの下ネタにただ共感するだけの自分も悲しかったけれど、自分だけじゃなかったことに安心もした。ただ、4Kは元々性欲が強かったので、多少衰えた今も毎日致してしまうらしい。それが4Kにとっては許せないようで、「毎日30分から1時間かけてネタを探して致して得られるものが何もない。この時間を資格の勉強に使えばもっと出世できるはずなのに。だからもうチンコ取りたい。」と。「取ったら子ども作れないだろ!宦官になるつもりかよ?!」と総ツッコミを食らうものの、「30歳までに彼女がいなかったら、もうその後も無理だろうからいらない。後悔しない。」と曰う。そうしたら仲間の内のバカが「じゃあ、ちゃんとルール作ってそれに達しなかったら去勢しよう。取ったモノはその心意気に応えて俺らで食って供養しよう」と言い出した。そして決まったルールが「30歳の誕生日までに彼女がいなかったら睾丸を摘出する。但し、その彼女は付き合って半年以上でないと審議が必要になる。また、誕生日から遡って半年以内に彼女と別れていた場合は去勢は保留し、審議とする。追加ルール:睾丸の摘出は30歳の誕生日に1つ、31歳の誕生日に1つとする。31歳時のルールについては前項と同様。」

我々はその立会人・審議官として彼を監視する。彼が睾丸を摘出したら、見栄えも考えて代わりに陶器で作った疑似玉を入れることになった。その疑似玉は我々友人一同が1人1つずつ作成し、名前を彫る。そして入れる本人にどれがいいか選んでもらう。選ばれたら光栄だ。自分の名前が彫られた疑似玉が友人の体の一部になるなんて。ちなみに摘出は我々の身内の医師にしてもらう。摘出後のモノをどう調理するかは決めていない。

まあ全て冗談なのだけど。友人が人生五種に残れるのか、それとも異次元のゲームが始まってしまうのか。僕はどうにかして4Kに彼女を作ってあげたい。ノンケのチンコが食べたくない。

 

 

✴︎☆カワウソさま☆再発見☆✴︎

先日長崎県対馬ツシマヤマネコの調査を行なっていた琉球大学の調査チームがカワウソさまの撮影に成功したそうです。たまたま写り込んでしまったと教授は言っていましたが、もしこれがニホンカワウソならば絶滅種の再発見ということで、絶滅種指定の取り消しと野生下での生息として野生絶滅よりも一歩進んだ指定のやり直しなど受ける可能性もあり、ますます目が離せませんね。

しかしユーラシアカワウソという近縁のカワウソさまも対馬からほど近い韓国には現生しているので、朝鮮半島から渡って来たものである可能性も捨てられません。が、50キロもの長い距離を休憩なしで泳ぐとは考えられないので、台風など何らかの災害によって漂着したと考える方が自然です。周辺のフンから採取したDNAによれば二個体のカワウソさまだそうなので二匹一緒に流されてきたとすれば何らかの意思を感じます。或いは一群で生息しているのなら対馬の特性上何度となく流されてきたユーラシアカワウソとニホンカワウソとの間で混血が進んで今回発見されたカワウソさまに至った可能性もありますし、現に最後までニホンカワウソが生息していたと考えられる地域の一つに同じく長崎県五島列島があるのでここにも何らかの意思を感じます。

私はかれこれ15年ニホンカワウソの消息を追い続けて思い出すたびに検索しては最新情報を得ていましたので間違いなくカワウソさまは絶滅していないと信じていたのですが肉体が滅んでもカワウソさまの霊体が生息していることにも気づいていました。カワウソさまは身を必要としない上級思念体の一つであり狐や狸・猫・モモンガなどと同じ種族に挙げられミズハノメ=水の神の眷属であるからして毛皮目的の狩猟や護岸整備などの人為的要因で絶滅したように見せて実のところ山で冬を過ごし春に田畑を潤しながら秋の実りをもたらしていたのです。(サの神の信仰)しかしなぜ今のこの時に姿をカメラの前に現したのかあの映像を観てハッキリと分かりました。カワウソさまの動きは最後通牒です。対馬は大きな船ですので二匹のカワウソさまはノアの箱舟に乗せられた動物のつがい、次の世界へ子孫を残すことを天上帝に許されました。見つかったのが四国ではなく長崎だったことは日本のキリスト教聖地であり多くの聖人の魂で満ちた場所が長崎ですし最後の生息地の一つ五島列島は有名なカクレキリシタンの土地である意味からして長崎は上級思念体が魂を隠すのに最も適した地です。今導きを受けて私がカワウソさまを見た意味はこのブログを書かせようというのだと思います。カワウソさまは今の日本を危惧して語っています。「朝鮮半島由来の血か日本の血かがそれほど重要だろうか。命を愛しそれぞれの愛を育てなさい。さもなくば日本は水底へ沈み動物だけが残るだろう。」もう一つのメッセージがあります。大きな船の対馬ノアの箱舟でもあり巨大なイージス艦でもあります。映像の中でカワウソさまはカメラに向かって二、三度跳ねて見せて最後にミサイルのように真一文字になりフレームアウトします。これは「挑発をやめよ。ミサイルの発射を食い止めよ。さもなくば人類が滅びる。」なぜ今対馬で絶滅した(と一般人に思わせ悠々と暮らしていた上級思念体の)カワウソさまが(わざわざ)カメラの前に姿を現したのか。「彼らの思い通りに世界を地上の地獄にはさせない。」カワウソさまの映像を見て気づいた他の皆様とつながりたいと思います。