マルクの眼

千字一夜

終わりとか始まりとか

 

◇私の10月

独り身になった。

今さら独り身の良さや悪さを語るのは野暮ったいが、かわいいスタンプを送る相手がいなくなったのが寂しい。

大学院に受かった。

入試日が誕生日だったので、家族にあまり祝って貰えなかった。ツイッターではありがとうございました。

仕事は辞める、つもりだった。

社長に大学院合格を報告しに行ったら「非常勤でもいいから席を残して」と言われた。正直もう働きたくないが、職場は研究に関係があるし、肩書きは役に立つので決断できずにいる。

 

◇自己肯定

得意分野はあった方がいい。何かしら一家言持っておきたい。自信と自身を正しく持ちなさい。自己肯定感があれば大丈夫。周りから見ておかしくても自己肯定感で生きられる。トロフィーや収集物を並べてニヤニヤするように、撮った写真や描いた絵、人から言われた言葉や人にウケた発言を綺麗に並べて眺めなさい。誰でもやっていることで恥ずかしくなんてありません。自己肯定感は財産です。何かを極めた人々が共有するクオリアまであなたが知る必要はありません。銀行にお金を貯めるようにコツコツと小さく積み立てましょう。ただし一点張りは危険です。いつでも逃げ出せるように逃げ道もつけておきましょう。実践者から評論家へ、観察者から体現者へ、分野内の変わり身で十分です。自分が死んでしまうのを自分で惜しいと思えるように。

第一、他人が死ぬことを知っているからといって、自分も死ぬとは限らない。第二、もし自分も死ぬものだとして、他の誰かが死んだ後、その人の事績や言葉が消えてしまわないことを知っているのならば、自分が死んだ後も同じように生きた痕跡が残るのではないか。無に還った自分に無関係だとしても後世に影響を残せるのなら残さないのは損。無から生まれて無に還るまでの全ての事象が無駄だとしても感覚があり思考があるうちに何か体験しなければ損。もったいない、せっかくだし、なんとなくじゃあ貰っとくか程度のライフ。

ニーチェはこんなこと言わないけど私は最近そんなことをよく考えます。

 

クローン人間の活動について 後編

前編→クローン人間の活動について 前編 - マルクの眼

 

■転換
1989年は世界にとって驚天動地の年であった。六四天安門事件、東欧諸国革命、ベルリンの壁崩壊、冷戦の終結……。幾重にも張り巡らされた陰謀・策謀・諜報。その中で先手を打ったのはソ連である。もはや止めることのできないソビエト連邦の崩壊を見越し、崩壊後も日本への影響力を維持するための方法として"クローン人間歌手製造"を構想する。歌詞による国民洗脳と、国内で活動する工作員への暗号発信を目的とした"万年雪(Вечный снег)"計画である。ソ連製クローンはウラジオストクの研究所からサハリンを経由し北海道へ運ばれた。クローンが活動を開始したのはソ連崩壊の翌年1992年、これがロシア連邦最高のクローン人間こと、JUDY AND MARYのボーカルYUKIのデビューであった。
■諸国の追従
クローン人間を公人化するソ連の捨て身計画に対し、すでにクローン技術を保有していた米・英・中・仏は当初批判的であった。しかし、間も無くその考えを改めることになる。軌道に乗ったJAMはヒットを連発。スターリン時代を懐かしんだ楽曲"Over Drive"や、崩壊後に独立した旧ソ連諸国への複雑な心境を歌った"そばかす"など、メッセージ性の強い楽曲を発表し続けた。これを脅威と見た先述のクローン保有国は、自国製クローンの歌手デビューを画策するようになる。
YUKI以後
ロシアから遅れること6年。1998年、イギリス・中国・アメリカ・フランスが次々にクローン歌手を世に送り出す。これが椎名林檎aiko宇多田ヒカル浜崎あゆみ、4人の歌姫である。

⚫︎椎名林檎[イギリス]

作戦名"不和の林檎"からアーティスト名を椎名"林檎"とした。大正〜昭和初期に日本で諜報を行ったクローン人間がベースのため、大正顔である。デビューして以来、観測される範囲で4回の個体交換を行っている。交換の度に顔を微修正しているため他のクローン歌手に比べ状態変化が大きいが、奇跡的に同一人物ということで通して来られた。クローン間の個体差によって、恋愛病→国粋主義→迷走→大衆娯楽と音楽性・精神性に変遷があるが、一応前任クローンの情報や記憶は引き継いでいる。しかしインタビューなどで「あの頃の私は何を考えていたんでしょうね(笑)」と自虐的に語ることも。整備士として亀田誠治がよく知られる。

 ⚫︎YUKI[ロシア]

"万年雪"計画からYUKIと名付けられたこのクローンは、感情を持たない。旧ソ連のクローン計画はイギリスのクローンを捕獲したことから始まったが、その名残りか、やや椎名林檎に似た容姿を持つ。自由主義陣営とは全く異なるアプローチで生体化学を極めた旧ソ連の科学技術の成果により全く衰えない容姿は、一種の不気味の谷である。近年の活動が注目される。

⚫︎aiko[中国]

アーティスト名は"可愛い女の子(可愛的女孩子)"から。容姿は中華飯店の入口にある人形に似る。中国共産党の隠し玉だったが、2002年の暮れに台湾へ亡命。以降は個体交換・正規のメンテナンスを受けられなくなったため精神不安定、心の翳りが濃くなる。「依然として共産党首脳部にパイプがある」との情報もあり、2017年発表の楽曲「予告」は世間を騒がせた。
⚫︎宇多田ヒカル[アメリカ]

抜群の歌唱力を誇る言わずと知れた平成の歌姫だが、2011年の人間活動宣言以降、アメリカからの足抜けを画策していた。2015年に椎名林檎と国家間トレードされる形でイギリスへの所属替えが認められた。椎名林檎はここ数年、キャバレー文化への憧憬を深めていたこともあり、アメリカへの所属替えを喜んでいたという。整備士が変わった影響か、イギリス所属以降で音楽に対するスタンス・歌唱に変化が見られ、クローン研究の上で注目度が高い。
⚫︎浜崎あゆみ[フランス]

フランス語での発音では「アユゥミ・アマザキ」。文化の発信地・ファッション大国としてのフランスの威信をかけてプロモーションが行われた結果、「あゆ以前・あゆ以後」と言われるほど日本人女性の歌唱法・ファッション・恋愛・生き方に大きな影響を与えたクローン。初期のメンテナンス・個体交換は過剰と思われるほどだったが、現在はフランスの財政悪化により停滞している模様。2010年頃、日本オタクのフランス人技術者が知能面を管理していたせいで、ツイートに「~な件。」「~だった件。」など痛い文法が目立った。

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■世界とクローン

私が半生を費やして調査した日本に於けるクローン人間の活動については以上が凡そ全てである。現在の世界情勢で注目すべき北朝鮮アメリカの関係では、昨年、あるクローン歌手が発表した楽曲のタイトルが、ロシアがこの機に乗じて動くことを示唆しているのではないかと国際社会を騒がせた。その楽曲とは、YUKIの「暴れたがっている」である。

祈世界平和

 

終わり

2070年の新聞記事(読者投稿欄)

 

戻らない時間、素直に楽しむ心を

TOKYO2020オリンピックが開催された年の夏、私は大学二年生だった。当時は三年次の六月から就職活動が始まっていたため、それまでに一般教養の単位を取っておかねばならず、課題に追われていた私にはオリンピック期間の喧騒と渋滞しか思い出がない。先日、孫が"お年寄り聞く昔のくらし"という小学校の宿題で、日本が開催した最後のオリンピックについて尋ねてきた。その後の震災で見る影もなくなった旧首都・東京の最期の煌めきを伝える言葉に窮した時に、学業と就職活動に奪われた自分の青春に気がついた。(中央郡文京町 無職 71才)

 

廃物も稀釈も

KindleNetflixApple Music。

情報社会になってモノの価値は下がっていくのかと思っていたら、違った。むしろ日に日にモノへの愛着は増して、好きなモノを所有する贅沢に溺れるようになった。

 

かつて私が集めていたモノ"そば猪口"は一大コレクターが存在する分野だ。コレクションとしてそれを大量に所蔵する美術館があり、図録まで出版されている。収集家に人気のある古伊万里は骨董的価値が高く、新規に発見される数も多くないため、オークションでは五万以上の高値がつくこともある。液晶の向こうで競り合っているのは、定年退職して時間と金を持て余し、趣味で始めた蕎麦打ちからそば猪口にも興味を持ち始めた団塊世代だろうが、彼らと真っ向勝負する余裕は私にはない。

そんな事情で、現時点でのそば猪口収集は断念した。

蕎麦を打つ団塊の世代が安直にも田舎で開店した蕎麦屋を潰し、木の温もり溢れる店内に陳列していたそば猪口コレクションを泣く泣く手放さざるを得なくなった頃に、また買い集めるとしよう。

 

さて今私がご執心なのは酒器、特に焼き物で、陶器磁器の別なく国内旅行の度に窯元を訪ねて買っている。

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地方の窯を巡り始めて驚いたのは、窯元の店はどこも垢抜けていること。

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庭で摘んだお花をサッと挿したような花生けは、気取らず、一輪挿しという器の良さを感じさせてくれる。
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古民家を改装した店内。

また、どこへ行ってもお茶をいただく。店内にちょっとしたベンチや座敷があり、「よかったらどうぞ」とその窯で作られた茶碗に緑茶を淹れてくれるのだ。

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お茶をありがたく頂戴しながら、お店の人に窯の歴史や特徴、伝統的な作風、今の売れ筋を聴くのも楽しい。

大甕の製造から始まった窯、城の瓦、庶民の器にルーツを持つ窯など、焼き物には土地に根付いたそれぞれの歴史がある。

窯の伝統を残しつつ、現代の感覚に合うよう作陶された焼き物は、実用品でありながら工芸品としての魅力と美しさを持っている。

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当然だが、大抵の窯では普段使いのものとは別に"作品"としての器も作って販売している。作家名入りの器には本当にいいものが多く、陶芸作家としての矜持と、名を挙げて窯を発展させようとする気持ちを感じる。

ただ、私は普段使いの器の中に生きる伝統や創意に惹かれるので、その"作品然"とした佇まいに緊張や気負いを感じ、親しみにくい。

特に酒器は緊張と無縁であってほしい器のジャンルの一つだ。

"茶の湯"を大成した千利休も、当時の茶人が有り難がったブランドものより自分の感性で見出した茶器を愛用したという。酒器の蒐集で千利休に近づこうと思わないが、数ある中から自分で選んだ好きなものに囲まれて暮らすのは楽しいし、理解してくれる人にそれを見せたり、お茶やお酒を振舞ったら楽しいだろうと思う。利休の"もてなし"や"くつろぎ"の精神を酒器蒐集を通じて理解しようとしている。

茶の湯とはただ湯を沸かし茶を立てて飲むばかりなる本を知るべし(千利休)」

和を以て貴しと為す

十にいう。内なる怒りを絶ち、表に怒りを出すな。相手が自分と違うことに憤るな。

人はみな心があり、心はそれぞれに機微がある。

相手は自分ではないし、自分は相手ではない。

自分は必ずしも聖人ではないし、相手は必ずしも愚者ではない。

どちらも凡人であるのに、物事の是非をどうして定められようか。

誰もが愚かであり賢くもある。金環に始まりと終わりがないように表裏一体なのだ。

だから、相手を怒ろうというときは、かえって自分に過ちがないか心配せよ。

自分一人が知見を得たと思っても、周りの人に従って同じように行いなさい。

 

原文

十曰。絶忿棄瞋。不怒人違。人皆有心。心各有執。彼是則我非。我是則彼非。我必非聖。彼必非愚。共是凡夫耳。是非之理 能可定。相共賢愚。如鐶无端。是以彼人雖瞋。還恐我失。我獨雖得。従衆同挙。

 

十七条憲法 第十条

記録では1400年前、少なくとも1300年前には完成していた憲法の条文が現代にも通用しそう。(最後の一文だけは納得しきれないが)

これからの

●ゴリラの死生観

手話を使うゴリラのココが先月19日に亡くなった。「ゴリラは死ぬとどこに行く?」という問いに対し答えた“Confortable,Hole,Bye”(快適な、穴、さようなら)が、死去のニュースと共にツイッターで話題になっていた。ココは他でも「ゴリラの死」について穏やかなものと回答しているが、仲の良い研究者やペットの猫の死について話を振られると取り乱したそうだ。仲間の死に心的動揺を受ける共感力の高さに驚くとともに、この心的ショックは豊かな感情を手に入れる過程で人類が直面した苦難の一つだったのではないかと考えた。

※手話を使うゴリラの研究については昔から批判が多く、彼女らが言語を正しく理解していたのか、あるいは偶然だったのか、議論が分かれている。

●人類と宗教

数万年前、ホモ・サピエンスが勢力を拡大した背景に信仰による結束があったとNHKスペシャル「人類誕生」で研究者が語っていた。具体的な信仰についてはシャーマンによる豊穣祈願(主に狩猟)のような演出がされていた。しかし、文化的交流のない世界のあちこちで宗教が生まれた理由が「豊穣の祈り」だけというのは信じがたい。心理的な作用として宗教を生み出さざるを得なかった必然があるはずだ。ゴリラの死生観と関連づけるならば、自分自身や身近な存在の死に対する防衛機制として、死後の安楽を保証する信仰が生み出されたのではないかと考えている。

●補完するもの

2400年前、シッダールタは「生」「老」「病」「死」という四苦を目の当たりにして人生の苦しみを悟った。この苦しみに「愛別離苦」「怨憎会苦」「求不得苦」「五蘊盛苦」の四苦を加えた八苦がいわゆる四苦八苦というやつだ。「愛別離苦」は愛するものと別離する苦しみ。この苦しみや愛ゆえの煩わしさがあるので愛するものから離れて孤独に生きることを初期仏教は推奨している。「別れが辛いから別れる」という教えの解釈は難しいが、愛する人との死別など、予期せぬ別れからの逃避としては納得がいく。人は愛する人との突然の別れに耐えられる強さを生まれついては持っていない。「宗教は弱い人間のためのものだ」という言葉を聞くが、宗教は人間が本質的に持つ脆弱さを補うために作られたプログラムだと考える方が宗教発生の説明もつく。

●共有できるもの

2500年前、孔子は終生心がけるべき人の徳として「己の欲せざる所は人に施す勿れ」と説いた。私たちの価値観や正義は様々な顔を持っていて一様ではなく、完全にお互いを理解し合うことは難しいが、全ての宗教が共有できる感覚に「愛する人を失う痛み」がある。教義宗派を超えて理解しあえるのがその痛みなら、痛みを人に与えないことが平和への最短ルートだろう。現代の人々は宗教を脱しつつあるが、その痛みからは逃れられていない。

●死をもたらすもの

2000年前、イエス・キリストは言った。「人をさばくな。自分がさばかれないためである。あなたがたがさばくそのさばきで、自分もさばかれ、あなたがたの量るそのはかりで、自分にも量り与えられるであろう。なぜ、兄弟の目にあるちりを見ながら、自分の目にある梁を認めないのか。自分の目には梁があるのに、どうして兄弟にむかって、あなたの目からちりを取らせてください、と言えようか。偽善者よ、まず自分の目から梁を取りのけるがよい。そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目からちりを取りのけることができるだろう。」(マタイ7.1-5)

私たちの大切なものを奪う原因は事故や病気・老いだけでなく、思想にもある。生き方の自由を奪い、心を追い詰め、人を死に追いやるような心無い批判・罵倒、価値観の押し付けは恐ろしい人権侵害で、本来は全ての人が立ち向かうべき問題だ。なぜならそれを黙認すれば、いつか自分や自分の周囲に同じ災いが降りかかるから。思想・表現の自由も、税金の大切さも、生命の尊さの前には軽い。

●無理解の解決

悲しくも、今回の騒動は渦中の人自身が「人は変わらない」と宣言をしている。本人が変わらないなら、その上や周りの人を変える“政治的働きかけ”しかない。私が一番危惧しているのは、今回のことで保守政党とLGBTQとの間に深い溝ができて完全に断絶してしまうことだ。LGBTQからは票を集められないと見れば、保守政党はわざわざ労力を使って理解を深めたり、支援に関わろうとはしないだろう。LGBTQは保守・リベラルといったイデオロギーに左右されない基本的人権の問題。むしろ理解の少ない保守政党とこそ積極的に意見を交わして理解を深めさせ、支援を約束させるべきだろう。自分がこれからできる活動について、あれこれ考えている。

 

終わり

自分かく語りき

忙しい日々が終わりに向かい、質の違う忙しさが始まろうとしている。

昨年末、平成30年度を以って退職する意思を社長に伝えた。それからとても働きやすい。ゴールがはっきりしたし、後に退けないので覚悟もできた。社長には「そうした方がいい。」と言われ、背中を押されたので拍子抜け。「どうせこいつは辞めるし…」と思ったのか、嫌いな上司が仕事に口を出してくることも減った。へへん、ざまみろ。

 

3年前の夏だったか、事務の資料整理をしていたら古文書を見つけた。それから天袋や倉庫に潜り込んで古文書・古資料を探す日々が始まった。アレルギー性鼻炎持ちにはそれはそれは辛い日々だった。1年後、かなりの量の史資料が集まり、それらの保存・整理などを任されるようになった。年代・ジャンルごとに整理し、内容の解読をチマチマと進め、地域史研究に資する史資料群と判断して存在を公表。結果、有り難いことに公的機関と共同で展示会・調査書の発行・講演会などを行うことになった。

先立って周辺地域の民俗調査や古文書探しも行った。民俗学者になりたいと思っていた時期も長かったので、真似事でもフィールドワークを行えたのは非常に楽しかったのだけど、それら諸活動が通常の業務に上乗せされたので、調査書の締切間際はずっと持ち帰り仕事。部屋には参考資料が積まれ睡眠不足が続き、卒論期間を思い出すなどして体調が悪かった。

元々それほど健康な人間ではないが、最低限の水泳やウォーキングはちまちまと続けていたのに全くそれらの為の時間が取れなくなり、筋力がなくなり、体力がなくなり、気力がなくなって、セルフイメージがナメクジになった。ナメクジでもナメクジなりに一通りの行事を完了し、評判は上々。私が採取してきた民俗行事の一つがその道の専門家にも好評で、興味深い内容だったとお褒めいただき舞い上がった。数人と共著という形だけど私が7割書いた出版物は、この地域の歴史を研究する上での一級資料として残るので、人生の目標である「後世に役立つ何かを残す」が果たされた。おかげでイモムシくらいまで回復。

 

ここ2年の準備期間でつくづく自分の浅学を思い知った。研究論文なら推測・憶測や多少の事実誤認も気にならないが、公的な出版物ともなると万に一つも間違いがあってはいけないし、後世に恥を残したくないので、一つひとつの用語を確認しながらの執筆。これがまあ進まないこと。ちゃんと大学時代に時間を使って勉強しておけばよかったという後悔に枕を濡らした日々。

で、冒頭の退職に繋がるのだけど、平成一杯で社会人をやめて大学院生になろうと思う。

就職したときから考えていたけど、やっぱり勉強って楽しいね。興味のあることを調べるのは楽しいし、自分の興味のある分野について人と意見を交わすのも楽しい。研究してその結果を発表して暮らすのが夢なので、目標は大学教授とする。社長も研究職向いてるって言ってくれたしね。なれなかった場合の滑り止めも諸々考えているから、今はまあ大丈夫っしょという気持ち。人生は夢だらけなので。

東京で暮らす資金もなんとか貯まった。お金では嫌な思いもしたけどしょうがない。最悪を選択しないことが最良とは限らないし、最悪の後悔をしなかっただけマシと割り切るしかない。

実家暮らしのメリットを活かしてしまい家族には申し訳ない。妻子や両親を捨てて生きたいように生きたぐう畜のお釈迦様も聖人になったし、私もどうにか許されたい。とりあえず高所得になるぞ。人間活動もしたい。

これまで逃げに生きてしまったけど、実は選択肢は結構あったのかもしれない。まだ残ってるかもしれないし、ちょっと行って確認してこよう。ダメならダメで、またその時考えましょ〜。

 

おわり