マルクの眼

千字一夜

悪意のあるコンテンツとしてのブログ

 

・歌

仕事でカラオケをした。年の離れた人達の前で歌いたくない!好きな歌を知られたくない!逃げたい!と思っていたのだけど、「有楽町で逢いましょう」という持ち歌があるのを思い出して歌ってみたら、「ビックリ隠し芸だわね」とおばさん役員に言われるくらい評判がよかった。キーが低くて歌いやすいし老人受けばっちりな曲で本当に助かった。フランク永井に感謝してる。永井、サンキュな!彼氏と初めて会ったのが有楽町だったから記念に覚えたんだけどね。彼氏ができためのくるまはこうやって積極的にノロケていくからヨロシクな。

 

・罰

上記のような苦労話に見せかけた自慢やノロケ話をすると私の文章の粗を探すことにお熱な方が自律神経を勝手に爆発させてキラキラと舞い散りながら輝くのでとっても綺麗だね読む神経毒虫コナーズテクノ〜〜って感じ。バチが当たってお尻におできが出来た。はじめはニキビかな?なんだろな?だったモノが筆舌尽くしがたい痛みに転じてまともに座ることさえ出来なくなったのは本当に生き地獄で、それが二つも同時に出来たのだからさぁ大変。病院で診てもらい、「かなり悪化してるから」とその場で手術、摘出と相成った。いや摘出て。急に摘出ってなんなの。膿?の入った袋というか大豆サイズの玉みたいなものを「取れたよ〜」て見せつけられたんだよな、医者に。めっちゃiPhoneで尻の写真撮られたし。その二点だけ全く腑に落ちてない。でも治してくれたお医者さんにはとても感謝してます。お医者、サンキュな!こうしてお尻に穴が二つ増えた。

 

・酒

"術後しばらくはかなり血が出ます。ガーゼは二日間外さないでください。運動・飲酒・入浴は一週間控えてください。"と、病院で貰った手紙に書いていた。でも飲んだ。すぐ飲んだ。だって新宿にいたんだもの自分の声を信じ歩けばいいの。それでも少し気を遣って鳥貴族でベルガモットチューハイを飲んだんだけど、時間経過でどんどん尻が痛くなる。あの木のベンチみたいな鳥貴族新宿三丁目店の座席な、あれのせいもある。家に帰ったら術痕に当てたガーゼが血でビッチョビチョになってた。潜在的な、動物としての本能レベルでそれはそれは恐怖を感じましたとさ。

 

・血

翌朝、ピクニックという名のツイッターオフ会と友人の結婚式をはしごする予定があり、必ずシャワーを浴びねばならなかった。そしてガーゼを外す。ガーゼは傷跡に差し込むように当てられており、昨晩の血で癒着しつつあった。それをンアーーーーーーー!!!!ウォオオオオオオ!!!!!と叫びながら剥がすこと二回。ホラー映画でしか見たことのない、血に染まるバスルーム。鮮血〜〜!必死に新しいガーゼを貼り付けて家を出た。ピクニック自体は、まぁアレとして、ピクニックを離脱し品川のホテルにつく頃には礼服の臀部に血がついてゴワゴワと乾いていた。参列の友人たちに事情を話すと「そこのコンビニでナプキン買ってこようか?」とのお申し出。さっすが新婦友人枠でのご招待❣️多い日でも安心❣️「夜用ならカバーできるはず!平気よ!」など言われたものの丁重にお断りして、式と披露宴に参列。神前式だったら赤不浄で社殿に上がれなかったな、などと思いながら淡々と披露宴で飲み続け、ピクニックに再合流。華麗に終電を逃して彼氏の家へ転がり込んだ。

 

・恥

深夜まで営業!激安の殿堂ドン・キホーテ大明神様でガーゼとテープを買い求め、お風呂上がりに彼氏に貼ってもらう、尻に。まだ付き合って間もないのにこんなことって。羞恥と困惑に満ちた表情を枕で隠す私を尻目に、彼氏は全く動じずにただ黙々とベッドに横たわる私の尻にガーゼを押し当てるのでありました。

我が背子の 御心映えや 有難し

 

・穢

「お尻からの出血が止まらないので今日は仕事休みます。」彼氏の家のベッドから職場へ電話を掛けて、また布団に潜り込む。血が出てるから休むってなんか宮中女官っぽくない?そうでもない?黒不浄はあるけど赤不浄の出仕停止ってあったっけ?と思いを巡らす。古代、不浄や穢れの思想は天然痘など疫病の蔓延を抑制するための有効な手段だった。菌の存在は知らないものの、見えない何かが人から人へ伝染していることは感覚的に理解していたんだろう。それを"触穢"と呼んで穢の伝搬防止に努めた。しかし千年のうちに信仰上の概念と化して、本来の意味は失われてしまった。どこぞの僧職が曰ったらしい「おしっこを入れたコップ」の喩えは、本来の信仰に照らせば頓珍漢ながら現代の感覚を巧く言い得ている。事故物件を忌避するのも同じ感覚だ。

 

・賤

どちらかと言えばリベラルなゲイ界隈、流石にそんな俗信に支配されていないと思っていたけれど、まぁそれほど体系的な考えもないのだろう、未だに職業賤視の中にそれは残っているようだ。最近アカウントを消した意地悪ブス界隈の総大将が、消える直前に某売り専叩きを展開していた。 それ自体は単に醜い私怨に見えたのだけれど、便乗する人々の性産業従事者への蔑視は根深そうだ。ご自身のその忌避感の根源がどこにあるのかも知らず、理論的に説明できない感覚的な批判。そもそも同性愛や性産業を穢れとするのは日本古来の思想ではないし、彼らの理屈に従えば私は一般職のような卑しい物売りや人足とお喋りすることもご遠慮させていただける。本当にバカバカしい。職業に貴賤はない。あるのは歪んだ差別意識だ。

 

・燃

身をもって盛者必衰の理を表した例のアカウント、それに対するスタンスは人それぞれ。周囲にはミュートあるいはブロックしている人が多かったけれど、「ブロックして晒されるのが嫌」という声が一定数あったことも印象的だ。是々非々で距離を保ちつつ付き合う大人、媚び付きて晒しや叩きを回避する若者。あれとどう関わっていたか、アカウントは消えても@ツイートは残る。「えっ?ステキな人とツイッターで知り合った?付き合う前に"@相手のID  @0chinp0k0_chupa"で検索だよ!」こうやってホモツイッタラーの人間性を知る為の指標として今後も役立ちそうだね。ぱぴい、サンキュな!以上、現場からでした。

 

 

ゲイ鏡「ニベロの待ち合わせ」

 

平成で言う何年のことだったでしょうか。

今となっては昔のことですが、友人と待ち合わせをするため新宿二丁目にあったカフェ・ベローチェという喫茶店におりました時、前髪系・ゆるポ系の男性同性愛者があまた笑いさざめく中に、際立って齢を重ねた様子の男性同性愛者が二人、向き合い座っていらっしゃいました。

しみじみと、

「随分と年寄りがいたものだなぁ」

と感心して見ておりましたが、彼らの内の一人が楽しそうに目を合わせて言うことには、

「十代で地元を捨て、華々しい出会いに胸躍らせながらこの都に上った若者たちも、歳を重ね終には何処かへ去ってしまう泡沫の世の中で、またこうして此処で貴方にお会いできたことは大変な喜びです。昔はフォロワー数3000台の店子として活躍をされていた貴方が、交際相手に裏切られて借金を負い、失意のままこの街を後にされた頃は、私たちも随分と心配をしたものです。今では肌は老い、肥え太って頭髪も疎らですが、まだ"リッキーくん"と、あの頃の源氏名でお呼びしてもよろしいのでしょうか。」

と言うので、もう一人の男性が、

「世の人の言葉に"美人薄命"とありますので、私もあの夏目雅子のように美しいままこの生を終えるものと思っておりましたが、何の因果かこの様に恥を晒して生きております。しかし、こうしてまた貴方に会えた事で、恥を忍んで生き長らえた甲斐があったと嬉しくも思うのですよ。絶えず流れていく川の水のように人々が入れ替わるこの都で、私が初めて"街"へ出た十八・九のころから"カシオレ一杯で五時間粘るババア"と有名だった貴方が、こうして餓鬼のような様でも生きて暮らしていることは、いかなる神仏のご加護か邪鬼悪霊と契りのあったことでしょうか。近頃は昔語りができる人もめっきり減りました。どうぞ今日はその名前でお呼びください。」

と言いますので、カシオレババアは、

「かつて夏目雅子に自らを重ねた貴方が今や猪八戒とは、この世の栄枯盛衰とはこのことを言うのでしょう。常々プリン体の摂取に気をつけてきた私が、今も岡田奈々のようなスレンダー体型を維持しているのは本当に素晴らしいです。それにしても、まあ。貴方が高血圧で逝ってしまう前にまた会えたことを、つくづく嬉しく思う今日ですよ。」

と曰うので、このデブとキショガリは一体どれ程の古釜なのだろうと、一人二人となく辺りに座る男性同性愛者たちは皆、思わず口をつぐんでその二人の昔語りを興味津々に盗み聴くのでありました。

 

 

 

ネオ・ネット・ネオテニー

14才の男の子がエッチな画像をTwitterに投稿していて大変ショックだった。

精神が未熟なまま性的に成熟してしまうのが人間の自然とは言え、動物的な本来でいえば未熟なオスに性交のチャンスはない。なのにSNSの進歩は未熟な人とそれを手篭めにしたい人を簡単に繋いでしまう。私が子どもの頃、斯様の事がなかったかと言われればそうでもないんだけど、精神未成熟のまま成長できない人を見かけることが増えた。

"性的に需要がある"ことは人間としての一つの完成形と言えるわけで、それが向上心を削ぎ、内面的成長を阻害するのではないかと思う。私の出た学区ではイケメンほど低学歴・低所得で早めに結婚を済ませて子どもを作っている。それが不幸だということではないのだけれど、果たして彼らが選択して今の未来を作ったのか甚だ疑問だ。しかし結果的に早熟であっても、得たものが現実に形となって彼らの人生を彩るならばそれは完成に向かっていくだろう。SNSでちやほやされる少年らとは、そこが根本的に違う。

悲しいことに犯罪的な若さすらネット上では持て囃されるかもしれないが、それは虚構で、まやかしで、現実ではない。いくらフォロワーを増やしても、それは自分の力ではなく、若さという希少価値でしかない。電柱の蛍光灯が群がる蛾の数を誇りますか?無料で見られるエロ動画が自分の再生回数を誇りますか?辛く虚しいことだ。

同性愛に悩んで自殺するくらいなら、SNS上で自分に需要があること知り生きていて欲しいとは思う。だけど未熟な若者を誑かし唆し性的搾取を行おうとする輩はいるわけで、その空虚な"人気"が彼らの現実にどんな悪影響を及ぼして、どんな破滅に向かわせるのか想像もできない。いざとなれば体を売ればいいとか、そんな場当たり的な思考を養ってほしくない。精神的に向上心のない者はばかだ。小説の登場人物だが、私はこの言葉を重く受け止めて死んだKのことが忘れられない。

若くしてネットに染まって、悪い大人を弄ぶくらい強かに生きている子もいるけれど、そのツケが学生生活の馴染めなさや社会人として身の振り方下手として表出することもある。

なんにせよ大人が悪い!あまりにもインモラルだ。やり場のない母性と保護欲が暴発して有害図書認定したりPTA役員を務めそうな私の目に中学生のエロ垢を触れさせないでくれ。私は心穏やかに生きたい。

 

我が同窓

ノンケのチンコを食うかもしれない。

こういう話をするとウッとなって即座に読むのを止めてしまう人がいるけど、まあそれでもいい。そのノンケは私の高校の時の友人で、思えばもう10年の付き合いだ。年2回、夏と冬に会っている10人の友人の内の1人で、仲がいい。彼は昔からいじられキャラだが頭がいいので自分から笑いをとっていくことも多く、学年でも有名人だった。僕と彼の関係はなんとも言い難いが、ベクトルは違うもののお互いに面白い人間だと思っているので、会うたびの情報交換は一つの楽しみになっている。

ストレートで慶應の理工に合格し、企業偏差値63の会社に就職した自称"4K"(高身長・高学歴・高収入・慶應)の彼だが、宿命のライバルがいる。学生時代から陸上のタイムやテストの結果などで事ある毎に競ってきたそのライバルは、奇しくも慶應経済・企業偏差値61に就職という似たような経歴を辿っている。ライバルは一浪で身長も高くないが、性格が良く人徳があるのでいつも人の輪の中心におり、付き合いの長い彼女がいる。実のところ彼ら2人は仲が良いのだけれど、我々仲間が2人の競う姿を楽しみにしているので、お互いが「お?ビビってんのか?笑」と挑発しあってプロレスをしてくれるのだ。

2年前に集まったときは4Kにも彼女がいたので「彼女のスペックで競え」と我々外野は囃し立てたけど、流石にそれはゲスすぎて実現はしなかった。その代わりに今後の彼らの人生で「学歴・年収・家・妻・子」の5種目を競う「人生五種」が始まった。学歴については浪人なし理系の4Kに軍配が上がり、年収は拮抗。なかなかいい勝負になりそうで、また集まる楽しみが増えた。

ところが先日会った時、4Kに元気がなかった。我々の集まりとは別に数日前クラス会があり、そこでライバルが結婚発表をしたらしい。私は諸用があって欠席だったので知らなかったが、交際期間の長さを考えればさして驚くこともない。だが4Kにはショックだったようだ。その近況報告の流れで、誰からともなく最近は性欲減退が著しいという話が出た。それぞれ自慰の回数が減ったとか勃ちが悪くなってる気がするとか。ノンケの下ネタにただ共感するだけの自分も悲しかったけれど、自分だけじゃなかったことに安心もした。ただ、4Kは元々性欲が強かったので、多少衰えた今も毎日致してしまうらしい。それが4Kにとっては許せないようで、「毎日30分から1時間かけてネタを探して致して得られるものが何もない。この時間を資格の勉強に使えばもっと出世できるはずなのに。だからもうチンコ取りたい。」と。「取ったら子ども作れないだろ!宦官になるつもりかよ?!」と総ツッコミを食らうものの、「30歳までに彼女がいなかったら、もうその後も無理だろうからいらない。後悔しない。」と曰う。そうしたら仲間の内のバカが「じゃあ、ちゃんとルール作ってそれに達しなかったら去勢しよう。取ったモノはその心意気に応えて俺らで食って供養しよう」と言い出した。そして決まったルールが「30歳の誕生日までに彼女がいなかったら睾丸を摘出する。但し、その彼女は付き合って半年以上でないと審議が必要になる。また、誕生日から遡って半年以内に彼女と別れていた場合は去勢は保留し、審議とする。追加ルール:睾丸の摘出は30歳の誕生日に1つ、31歳の誕生日に1つとする。31歳時のルールについては前項と同様。」

我々はその立会人・審議官として彼を監視する。彼が睾丸を摘出したら、見栄えも考えて代わりに陶器で作った疑似玉を入れることになった。その疑似玉は我々友人一同が1人1つずつ作成し、名前を彫る。そして入れる本人にどれがいいか選んでもらう。選ばれたら光栄だ。自分の名前が彫られた疑似玉が友人の体の一部になるなんて。ちなみに摘出は我々の身内の医師にしてもらう。摘出後のモノをどう調理するかは決めていない。

まあ全て冗談なのだけど。友人が人生五種に残れるのか、それとも異次元のゲームが始まってしまうのか。僕はどうにかして4Kに彼女を作ってあげたい。ノンケのチンコが食べたくない。

 

 

✴︎☆カワウソさま☆再発見☆✴︎

先日長崎県対馬ツシマヤマネコの調査を行なっていた琉球大学の調査チームがカワウソさまの撮影に成功したそうです。たまたま写り込んでしまったと教授は言っていましたが、もしこれがニホンカワウソならば絶滅種の再発見ということで、絶滅種指定の取り消しと野生下での生息として野生絶滅よりも一歩進んだ指定のやり直しなど受ける可能性もあり、ますます目が離せませんね。

しかしユーラシアカワウソという近縁のカワウソさまも対馬からほど近い韓国には現生しているので、朝鮮半島から渡って来たものである可能性も捨てられません。が、50キロもの長い距離を休憩なしで泳ぐとは考えられないので、台風など何らかの災害によって漂着したと考える方が自然です。周辺のフンから採取したDNAによれば二個体のカワウソさまだそうなので二匹一緒に流されてきたとすれば何らかの意思を感じます。或いは一群で生息しているのなら対馬の特性上何度となく流されてきたユーラシアカワウソとニホンカワウソとの間で混血が進んで今回発見されたカワウソさまに至った可能性もありますし、現に最後までニホンカワウソが生息していたと考えられる地域の一つに同じく長崎県五島列島があるのでここにも何らかの意思を感じます。

私はかれこれ15年ニホンカワウソの消息を追い続けて思い出すたびに検索しては最新情報を得ていましたので間違いなくカワウソさまは絶滅していないと信じていたのですが肉体が滅んでもカワウソさまの霊体が生息していることにも気づいていました。カワウソさまは身を必要としない上級思念体の一つであり狐や狸・猫・モモンガなどと同じ種族に挙げられミズハノメ=水の神の眷属であるからして毛皮目的の狩猟や護岸整備などの人為的要因で絶滅したように見せて実のところ山で冬を過ごし春に田畑を潤しながら秋の実りをもたらしていたのです。(サの神の信仰)しかしなぜ今のこの時に姿をカメラの前に現したのかあの映像を観てハッキリと分かりました。カワウソさまの動きは最後通牒です。対馬は大きな船ですので二匹のカワウソさまはノアの箱舟に乗せられた動物のつがい、次の世界へ子孫を残すことを天上帝に許されました。見つかったのが四国ではなく長崎だったことは日本のキリスト教聖地であり多くの聖人の魂で満ちた場所が長崎ですし最後の生息地の一つ五島列島は有名なカクレキリシタンの土地である意味からして長崎は上級思念体が魂を隠すのに最も適した地です。今導きを受けて私がカワウソさまを見た意味はこのブログを書かせようというのだと思います。カワウソさまは今の日本を危惧して語っています。「朝鮮半島由来の血か日本の血かがそれほど重要だろうか。命を愛しそれぞれの愛を育てなさい。さもなくば日本は水底へ沈み動物だけが残るだろう。」もう一つのメッセージがあります。大きな船の対馬ノアの箱舟でもあり巨大なイージス艦でもあります。映像の中でカワウソさまはカメラに向かって二、三度跳ねて見せて最後にミサイルのように真一文字になりフレームアウトします。これは「挑発をやめよ。ミサイルの発射を食い止めよ。さもなくば人類が滅びる。」なぜ今対馬で絶滅した(と一般人に思わせ悠々と暮らしていた上級思念体の)カワウソさまが(わざわざ)カメラの前に姿を現したのか。「彼らの思い通りに世界を地上の地獄にはさせない。」カワウソさまの映像を見て気づいた他の皆様とつながりたいと思います。

 

クローン人間の活動について 前編

■前夜

古くから語られる陰謀論の1つにクローン人間によるスパイ活動がある。不老不死のサン=ジェルマン伯爵をクローン人間とする説があるが、私の知る限りで最も古いクローン計画は1920年代初頭のイギリスで始まったものである。

■発端

第一次世界大戦の傷跡も生々しい当時、ヨーロッパの民衆は世界が再び戦火に包まれるとは露ほども思っていなかっただろう。しかし戦勝国を中心とした欧米の首脳は"このままでは終わらない"という危機感を抱いていた。不安定な世界経済と領土を巡る小競り合いは尚続いており、特に人種差別思想も相まった日本への危険視は米英とも根強く、ワシントン会議での海軍軍縮、四カ国条約締結とそれに伴う日英同盟の失効は日本を強く抑圧する結果となった。

その頃、戦争(軍需)大臣を退任したウィンストン・チャーチルは、日本の暴発を危惧しアジアに潜入する諜報員の必要性を訴えた。これを端緒として、イギリスは国費を投じたSIS(MI6) クローン工作員作戦を計画したのである。

■経緯

そもそもチャーチルがクローン計画に注力するようになった原因は第一次世界大戦に於いて自身が立案した"ダーダネルス戦役"の大敗にある。この戦いでイギリスは2万人以上の屈強な若者を失い連合軍への面目を潰した。失策を責められ政治的挫折を経験したチャーチルは、これ以来 大規模な軍事衝突よりも諜報・工作活動を好むようになったと言われる。

■作戦

東アジア系女性クローンによるハニートラップ、具体的には日本軍将校からの機密情報入手、陸軍・海軍の対立扇動など、軍内の瓦解を目的としたこの作戦は、''不和の林檎計画''と名付けられた。

■栽培と育成

クローンのオリジナルとなった少女は南米で保護された日系人孤児である。クローン人間の"栽培"方法は''不和の林檎"中の最重要機密であり外部に殆ど漏れてこない。が、"あらゆる点に於いて人間とは異なる"方法で生まれ、育てられるのだという。本国にある研究所では毎年2人のクローンを収穫し、専門教育を施している。

クローン工作員は旅芸人として活動するため、歌唱・舞踊・楽器演奏・演技・会話術から賭博まで、技芸娯楽全般にわたる指導を受ける。最初期はその道の専門家複数人による教育プログラムがあったが、年嵩のクローンが増えるにつれ彼女らが文字通り先生となって幼いクローンを養育する方式が取られるようになった。

■利点と誤算

定住せず、深い人間関係を築かない旅芸人はクローンにとって誂え向きの職業である。また、旅芸人の慰問公演は軍人にとって最大の娯楽であり、戦時下でも比較的自由な往来が認められる職業であった。

しかし、準備が整い計画が実行に移される頃、既に日本は盧溝橋事件、パールハーバーアタックと泥沼の戦争へ突入していた。歴史に''if"はないが、イギリス式教育を受けた日本海軍を偏狭な陸軍と対立させ、"クーデターを計画した国賊"として陸軍を粛清する離間工作が成功していたならば、現在知られる関東軍の暴挙はありえなかっただろう。かくてクローンは本国では「満州国、中国内陸部を転々としながら情報収集を行うつまらない存在」と見られるようになり、事実として活動はそんなところであった。余談だが、クローンの一座が慰問興行によって得た収入は莫大であり、諜報及びクローン栽培の資金として大いに活用された。"不和の林檎"が当時のイギリス戦費を圧迫したというのは陰謀論者の錯誤である。

第二次世界大戦

二発の新兵器が炸裂し悲劇的な終末を迎えた第二次世界大戦。無用の長物となりお払い箱かと思われた"無能クローン工作員"には次なる任務が与える。アメリカの下で"反共の防波堤"の役割が期待される日本国内に於いて自由主義・資本主義の賛美、反共プロパガンダを行うというものだ。だがこの任務も当初は順調とはいかなかった。というのも、その頃ソ連KGB先の大戦中に満州で捕らえたイギリス製のクローン工作員を研究・改良し、自国産クローンの製造に着手、ついに実用段階に入っていた。クローン分野に於いて先行するイギリスも、ロシア革命時から改良・洗練されてきたボリシェヴィキの諜報とプロパガンダの技術の前には成す術なく、世界初のクローン工作員対決はソ連に軍配が上がった。こうして日本は安保闘争から全共闘学生運動の時代に飲み込まれていったのである。しかし、イギリスも手を拱いていた訳ではない。70年安保の時代には、ベトナム戦争を収束させつつあったアメリカと協力し左派の内ゲバを誘導、学生運動の無力化と民心の離反に成功した。

この後、イギリスは共産主義の封じ込みを目的とした欧州諸共同体の拡充に注力し始め、日本国内のクローンは実質活動停止となる。

 

続く

 

雑考

●鈍る

頭が鈍くなっている。加齢と思考停止のせいだろう。難しいことを考えないで、淡々と生きているからだ。会話もそう。予測可能で予定調和な会話ばかりしているので自分のテンポがなくなってしまった。貧すれば鈍する。貧しい暮らしをしている。

●休む

つくづく自分は無趣味だと思った。興味のあるものは多いのに無趣味。興味のあること=仕事、仕事から離れたい時に楽しむものがない、思考の逃げ場がない。そういえば歌舞伎やオペラを観に行くことがなくなった。ライブにも随分行ってない。交友関係も閉じていく。仕事のために体を休めるという思考。仕事がそれほど嫌ではない。そうなってしまうからこそ、仕事と好きなものは切り離すべきなのかもしれない。

●ピラミッド

金字塔を建てたい。功名という訳ではないけど、何か一つ社会や誰かの役に立って死にたい。それが成人してから私が抱いてきた漠然とした目標。学術的な分野であれば研究成果が後の世に残る。子孫を残す代わりに有象無象を書き留めて記録を残す。生殖以外で次の世代へ自分を残す一つの方法。創作活動を行う友人も同じようなことを言っていた。これまで生かしていただいたお礼も兼ねて、そんな事を考えている。

●ライフステージ

広瀬香美が次のステップへ進みたがる傍ら、私は立ち止まっている。時間は早送りできないから仕方がない。憐れまれても困るけど、私も生き急ぐ人を憐れんでいるのでお互い様だ。与えられた薪の数は限られている。自分と同じペースで同じ方向へ進まないことに思うところがあるのは分かる。でも、それだけだ。

●気難し屋

人生の指針の一つだった「善く生きる」ことを辞めた。諦めたというか、無駄だと感じた。芯のない他人に善く生きるよう強いられるのは御免だと思ったからだ。守りたい生き方がないだけ身軽で強い、哲学のない人間。だったら私もそうなって、気難しくて気性が荒い自分のままで生きたい。

●楽しみ

万葉歌人大伴旅人はこう詠みました。

生ける者 遂にも死ぬるものにあれば

この世なる間は楽しくをあらな

この世にし楽しくあらば来ぬ世には

虫に鳥にも我は成りなむ

どう思いますか?「楽しく」の解釈。連作"酒を讃むる歌"の中の二首なので、単純に考えれば「酒を飲んで楽しく暮らしたい」。私だったら「自殺するほど苦しくはないけど、なんか楽になりたいね」そんな気分。解釈の仕方は色々あるし、解釈をする自由は誰にでもあるけど、この歌は作った旅人のものだ。旅人の意図でしか成り立たない。そこが発信者と受信者との間にある絶対に埋めることのできない隔たりなのだと思う。少しでも埋めるためには旅人を知るしかない。それがジャコメッティ展には足りなかった。