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マルクの眼

千字一夜

機械仕掛けのリアリズム


もう歌舞伎みたくて堪らん。
この間テレビで観たのが面白すぎて。

その話はすっごい陰惨なストーリーで、最後の最後まで主人公一味が救われないんですけど(主人公とその奥さん以外の味方の親戚仲間、いい人たちが総勢10人近く死ぬ)、ゆーて最後で主人公が仇を討つんだろうと思ってたんですよ。

そしたら主人公、罠にかかって仇討ち失敗してやんの。
しかもそれを苦にして主人公と奥さん自害すんの。

はぁ!?マジかよ!?!?なにそれ!?

ってなるじゃん。
事実テレビの前で言ったしね。驚きも口から出るわ。

そしたら隠れていた黒幕が出てきて、その無様な二人の屍体を見て笑うんですよ。
いや、悪役が主演の舞台だからね。まぁある程度は仕方ない。
でもこれはあんまりよ。

ちなみに主人公≠主演。

そうしたらその夫婦、実は自害したフリで、遂に黒幕を追い詰めて……

というお話なんですけど、今の時代なら有りがちというか、そう珍しくないストーリーかもなんですけど、まさか歌舞伎でそんなストーリーあるとは思ってないからよ、びっくりだわ。

それで一気に歌舞伎熱が高まったというワケ。
「絵本合法衢」というお話でした。

江戸期頃の話って基本は勧善懲悪で、それを観た町人が真面目に生きようと思うようなものが多いんじゃないか。

あとは、割と多い信仰モノ。
信心に最後は救われるようなモノ。

デウス・エクス・マキナじゃないけど、ストーリー上の繊細さとか緻密さを度外視で、大団円のために信仰とか不思議な力とかがストーリー終盤に用いられるのは、どの時代、どの文化の演劇にも多いような気がする。
そういう演劇論とかあるのかな。

愛の妙薬」なんかも、ニセ薬だったはずなのに皆んなで惚れ薬の効能を讃えて幕。
それは笑いどころでもあるけど。

起承転結の転と結、どっちかは非現実的な方が面白い。
悲喜劇なら特に。

誠実な信仰心で救われるっていうのは、「こんな悪い状況、神の力でしか救われないだろう」という心理の裏返しでもある。
単純な、明るくハッピー!終わりよければ全て良し!ではない。
「現実はこう上手くは…」と観客の心にうっすらモヤを残すような。

悲喜交々。