マルクの眼

千字一夜

自分かく語りき

忙しい日々が終わりに向かい、質の違う忙しさが始まろうとしている。

昨年末、平成30年度を以って退職する意思を社長に伝えた。それからとても働きやすい。ゴールがはっきりしたし、後に退けないので覚悟もできた。社長には「そうした方がいい。」と言われ、背中を押されたので拍子抜け。「どうせこいつは辞めるし…」と思ったのか、嫌いな上司が仕事に口を出してくることも減った。へへん、ざまみろ。

 

3年前の夏だったか、事務の資料整理をしていたら古文書を見つけた。それから天袋や倉庫に潜り込んで古文書・古資料を探す日々が始まった。アレルギー性鼻炎持ちにはそれはそれは辛い日々だった。1年後、かなりの量の史資料が集まり、それらの保存・整理などを任されるようになった。年代・ジャンルごとに整理し、内容の解読をチマチマと進め、地域史研究に資する史資料群と判断して存在を公表。結果、有り難いことに公的機関と共同で展示会・調査書の発行・講演会などを行うことになった。

先立って周辺地域の民俗調査や古文書探しも行った。民俗学者になりたいと思っていた時期も長かったので、真似事でもフィールドワークを行えたのは非常に楽しかったのだけど、それら諸活動が通常の業務に上乗せされたので、調査書の締切間際はずっと持ち帰り仕事。部屋には参考資料が積まれ睡眠不足が続き、卒論期間を思い出すなどして体調が悪かった。

元々それほど健康な人間ではないが、最低限の水泳やウォーキングはちまちまと続けていたのに全くそれらの為の時間が取れなくなり、筋力がなくなり、体力がなくなり、気力がなくなって、セルフイメージがナメクジになった。ナメクジでもナメクジなりに一通りの行事を完了し、評判は上々。私が採取してきた民俗行事の一つがその道の専門家にも好評で、興味深い内容だったとお褒めいただき舞い上がった。数人と共著という形だけど私が7割書いた出版物は、この地域の歴史を研究する上での一級資料として残るので、人生の目標である「後世に役立つ何かを残す」が果たされた。おかげでイモムシくらいまで回復。

 

ここ2年の準備期間でつくづく自分の浅学を思い知った。研究論文なら推測・憶測や多少の事実誤認も気にならないが、公的な出版物ともなると万に一つも間違いがあってはいけないし、後世に恥を残したくないので、一つひとつの用語を確認しながらの執筆。これがまあ進まないこと。ちゃんと大学時代に時間を使って勉強しておけばよかったという後悔に枕を濡らした日々。

で、冒頭の退職に繋がるのだけど、平成一杯で社会人をやめて大学院生になろうと思う。

就職したときから考えていたけど、やっぱり勉強って楽しいね。興味のあることを調べるのは楽しいし、自分の興味のある分野について人と意見を交わすのも楽しい。研究してその結果を発表して暮らすのが夢なので、目標は大学教授とする。社長も研究職向いてるって言ってくれたしね。なれなかった場合の滑り止めも諸々考えているから、今はまあ大丈夫っしょという気持ち。人生は夢だらけなので。

東京で暮らす資金もなんとか貯まった。お金では嫌な思いもしたけどしょうがない。最悪を選択しないことが最良とは限らないし、最悪の後悔をしなかっただけマシと割り切るしかない。

実家暮らしのメリットを活かしてしまい家族には申し訳ない。妻子や両親を捨てて生きたいように生きたぐう畜のお釈迦様も聖人になったし、私もどうにか許されたい。とりあえず高所得になるぞ。人間活動もしたい。

これまで逃げに生きてしまったけど、実は選択肢は結構あったのかもしれない。まだ残ってるかもしれないし、ちょっと行って確認してこよう。ダメならダメで、またその時考えましょ〜。

 

おわり