マルクの眼

千字一夜

ゲイ鏡「ニベロの待ち合わせ」

 

平成で言う何年のことだったでしょうか。

今となっては昔のことですが、友人と待ち合わせをするため新宿二丁目にあったカフェ・ベローチェという喫茶店におりました時、前髪系・ゆるポ系の男性同性愛者があまた笑いさざめく中に、際立って齢を重ねた様子の男性同性愛者が二人、向き合い座っていらっしゃいました。

しみじみと、

「随分と年寄りがいたものだなぁ」

と感心して見ておりましたが、彼らの内の一人が楽しそうに目を合わせて言うことには、

「十代で地元を捨て、華々しい出会いに胸躍らせながらこの都に上った若者たちも、歳を重ね終には何処かへ去ってしまう泡沫の世の中で、またこうして此処で貴方にお会いできたことは大変な喜びです。昔はフォロワー数3000台の店子として活躍をされていた貴方が、交際相手に裏切られて借金を負い、失意のままこの街を後にされた頃は、私たちも随分と心配をしたものです。今では肌は老い、肥え太って頭髪も疎らですが、まだ"リッキーくん"と、あの頃の源氏名でお呼びしてもよろしいのでしょうか。」

と言うので、もう一人の男性が、

「世の人の言葉に"美人薄命"とありますので、私もあの夏目雅子のように美しいままこの生を終えるものと思っておりましたが、何の因果かこの様に恥を晒して生きております。しかし、こうしてまた貴方に会えた事で、恥を忍んで生き長らえた甲斐があったと嬉しくも思うのですよ。絶えず流れていく川の水のように人々が入れ替わるこの都で、私が初めて"街"へ出た十八・九のころから"カシオレ一杯で五時間粘るババア"と有名だった貴方が、こうして餓鬼のような様でも生きて暮らしていることは、いかなる神仏のご加護か邪鬼悪霊と契りのあったことでしょうか。近頃は昔語りができる人もめっきり減りました。どうぞ今日はその名前でお呼びください。」

と言いますので、カシオレババアは、

「かつて夏目雅子に自らを重ねた貴方が今や猪八戒とは、この世の栄枯盛衰とはこのことを言うのでしょう。常々プリン体の摂取に気をつけてきた私が、今も岡田奈々のようなスレンダー体型を維持しているのは本当に素晴らしいです。それにしても、まあ。貴方が高血圧で逝ってしまう前にまた会えたことを、つくづく嬉しく思う今日ですよ。」

と曰うので、このデブとキショガリは一体どれ程の古釜なのだろうと、一人二人となく辺りに座る男性同性愛者たちは皆、思わず口をつぐんでその二人の昔語りを興味津々に盗み聴くのでありました。