マルクの眼

千字一夜

聞いた話

■山と婆あ

アルバイトの女子大生から聞いた話。

彼女の父の実家は飛騨高山の山奥にある豪農で、広く田畑山林を所有している。父の兄である伯父が本家と土地を継いでおり、昔はたまに遊びに行ったが祖父母が亡くなってからは里帰りをすることもないそうだ。ある時、父だけが本家に呼ばれて帰ると、神妙な面持ちをした伯父に仏間へ通された。見せられたのは仏間の襖に浮びあがった墨絵のようなぼんやりとした染み。眺めると右奥には山がそびえ、手前に老婆が口を開けて立っているように見える。これは一体どうしたのだと尋ねると、父たちから見て叔父に当たる祖父の弟が、先祖代々所有してきた山の1つを売ってしまったのだという。この山は96歳まで生きた曽祖母、村では知らぬ者のいなかった田中の婆あが大事にしていた山で、何があっても手放すなと今際の際までしつこく言いつけていたという。それをロクデナシの大叔父が勝手に売ってしまったので、田中の婆あが怨んで出た、というのである。分家や先祖に申し訳ないやら恥ずかしいやら、しかし山を取り返す術もないので、数年経った今も襖はそのままにしているということだった。

 

■テンソウシキ

仕事の関係で、取り壊される直前の家を視に行った。二階建て、築40年だというその家は、洋室のランプや仏間の欄間・襖絵など洒落ていて、古いけれど細部へのこだわりを感じる良いお宅だった。

その建物に隣接して離れがある。母屋と離れの間隔は50cmくらいで、わざわざ離すような距離ではない。離れは母屋よりもボロボロで小さい、縦長八畳一間、和室だけの建物だ。乗ると沈む畳にはカビが生えていた。部屋の奥左に床の間、右に違い棚、側面には立派な桐箪笥が2つ。母屋よりも立派な床の間と違い棚だったので「客間か茶室ですか?」と私が尋ねると、60過ぎの奥方は「テンソウシキです」と答えた。

50年前に建てられたこの"テンソウシキ"は、敷地に建てるだけで家が栄えると言われ、建物の向きや大きさにも決まりがあり、わざわざ母屋から離すことが重要だそうだ。奥方の祖母が危篤の時もわざわざこの建物に移して看取り、両親は体調の悪い時この部屋に寝に行ったりと特別な場所だったらしい。先日亡くなった奥方のお母上は、自分が死ぬまでこの離れを壊すなと言いつけており、ここ数年は物置として使用していたのだそうだ。

私は家相風水にとんと疎いので、後で詳しく調べようと思いながらふむふむと話を聞いていた。ところが、帰って調べてもテンソウシキなんて言葉は見つからない。"転送式"か"天相敷''か、とにかく家相に関する言葉にそんなものはなかった。

思うに、「離れ座敷」あるいは「単座敷」の聞き間違いではなかったか。とは言え、離れ座敷と家運に関わる話も聞いたことがない。色々仮説は立てたものの、冗長なので下書きに留めよう。

 

科挙

同じ職場で働く中国の古文を研究している人の話。

中国の科挙制について今更説明する必要もないが、極めて優れた統治方法だと思う。力のある家の子、賢い子女は幼い頃から科挙試験に合格することだけを目指して一心不乱で勉学に励み、合格すれば特権階級、不合格ならばまた来年…と、他の事に目を向ける余裕を奪われる。科挙に挑戦する財力も、それだけの知能もない者には誰も従わない。こうやって反乱の芽をそれと分からぬように摘んで、儒教道徳の下で国家を運営する。今の日本にこの構造を当てはめて説明することは難しいが、何か見えるものがあるのではないか。

なるほど、面白い考察だと思った。