読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

マルクの眼

千字一夜

お金と価値

ツイッターを見るとお正月休みに実家へ帰った人が多いようだ。カミングアウトしていない地方出身者は20代後半以降、帰省すると親戚から彼女の有無や結婚について詰められるらしい。盆暮れ正月に親戚と集まる文化がなく、成人式の3日前に家族の前でカミングアウトした私にとって無縁な話なので、面白おかしく語られる顚末を興味深く見た。

ただ、その家族からの圧を「人権」と絡めて問題にしているフォロー外のアクティビストが気になった。人権、結婚しない権利、出産しない権利、交際ステータス・セクシャリティを隠す権利。それは確かにあるでしょう。自由だ。ただ、自分の権利を主張するだけで家族も一個人であり権利や人生計画を持っているという意識が欠落してるように感じる。

私は元々20才を過ぎたら家族にはカミングアウトするつもりだった。それは

1.結婚や出産など私のライフイベントに備えて親に貯金などしてほしくないから。

2.孫が生まれたらしたいこと、など叶わない夢を持ってほしくないから。

3.親に嘘をつくのが苦しいから。

この3点。親の金は親が使いたいように使うべきで、親とて独立した個人の人生がある。出来もしない孫のために親が楽しみを我慢して貯金をするなんて耐えられないし、孫の顔を見ることを諦めきれないまま死んでほしくない。カミングアウトされた私の親はショックだったろうが、別段態度が変わるでもなく、私の貯金計画を理解して協力してくれたり、今まで以上に料理を教えてくれるようになったり、私の代以降のお墓の処分について話したり、私にはメリットが大きかったし、そんな親には感謝している。

無闇なカミングアウトを勧めるわけではない。私はたまたま幸運だったと理解している。が、自分の権利を重んじるあまり、家族の人生について考えがないのは怖い。中途半端なセクシャルマイノリティーのアクティビストが書くコラムなどを読むと、世間対自分、ノンケ対ゲイのような二元対立軸で語られがちだ。ゾロアスター教でもあるまいし、きっぱり切り離せるわけないじゃないか。

選択子ナシの夫婦や独身を貫くストレートの男女もいる。そういった人は自分のプランを親に話しているようだ。彼らは親の人生と自分の人生が並行し、深く絡んでいることを理解してる。親の人生設計は息子もストレートがデフォルトだ。息子は嫁をもらって子どもを産むだろうから結婚資金や学資金の準備、体力のあるうちに子育ての手助け。そうあれこれ計画してる親はいい親だ。そういうことを考える親に「他人の人生に干渉するな」的拒絶を示すゲイはアクティビストでもなんでもない永遠の反抗期なのかとも思う。

ちなみに私は親に拒絶されたら土方でもやってある程度生きて、つまらなくなったら死のうと思っていたので本当に恵まれていた。

ゴシップ的に結婚について触れてくるデリカシーのないやつは殴れ。