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マルクの眼

千字一夜

ファルスタッフ的結末


今年最後の有給休暇を取った。
その日、昔好きだった人に会った。

13時半の待ち合わせのはずが合流できたのは14時半。時間に遅れた上に待ち合わせ場所を変えられ、とんだ数ヶ月ぶりの再会になる。

もともと遅刻は多い人だ。それでも会える嬉しさが上回っていたこともあった。
でももう過去の事よと不機嫌を隠さなかった僕は、その人のオススメだという洋食屋に一緒に入り、適当に注文を済ませて、遅いお昼が出てくるまでの暇つぶしに、リュックから遠野物語を取り出した。

そんな露骨すぎる僕のアピールに、苦笑いしながら非常識だと言う人。
本をリュックに仕舞っても話題は出てこない。最近どう?仕事は順調?来年はどうするの?
話せることは多いのに、平凡な会話が平凡に出来ないほど、絶妙かつ微妙、あるいは珍妙な二人。
少しの振動で全てが端から沈んでいく砂上の楼閣のようで、ひなびた午後の洋食屋に負わせるには重すぎた。

しりとりしよ、と言われる。やだ、と答える。
食べ物限定で、と言われる。やだ、と答える。
「じゃあそっちからね。」と聞いてない人。「ぶた。」と僕。
「悪口!」「しりとりだよ。」
「普通『り』からでしょ?」「なんで?」
「しりと『り』じゃん!」「『しりとり』は食べ物じゃないよ。」
「ムカつくー屁理屈ーじゃあ玉ねぎ」「ぎ、ぎ、餃子。」
以下しりとりが続く。

意外に弱いね。その人が笑う。
頭の回転早いな。僕が思う。
成人男性二人と洋食屋の夫婦しかいないこの狭い空間を和ませる方法を思いつくところも含めて。

しりとりも佳境に入った頃(果物+のタルト、〆+魚など実在が疑わしいメニューをお互いにクックパッドで検索するようになってきた頃)、料理を食べ終えて店を出た。

街をぶらつき、古着屋を見つけては入り、道道で歌い、隣駅まで。もう辺りは薄暗くなり始めて、人混みと有名なイルミネーションが酷く空虚だった。

うっかり「疲れたー、帰りたい。」と口に出す僕。「疲れた?帰ろっか。」先を歩いていた人が振り向いて言う。

最悪だ。疲れたときの悪癖だ。仕事中の口癖がこんなところにまで。

言ってしまったものは詮方ない。そもそも引き止める理由もない。駅に向かって同じホームから逆方向へ。

僕は彼に手を振って、先発の電車に乗る。車窓から姿を探したけどもう見つからない。そんなもんか、と思う内、ドアが閉まる。
走り出してすぐに、僕の進行方向に先回りして、ホームで変顔を作っている人が見えてきた。
彼は見えなくなるまで変顔をしていた。

くだらない優しさが、今生の別れのようで悲しかった。学生恋愛でも大人の恋愛でもない何かの終わり。

「あぁ、これが僕の二十代前半のクライマックスだな。」と頭の隅で思った。