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マルクの眼

千字一夜

社会的制裁権


佐野エンブレム騒動の本質ってなんだろう。
ネットはいわゆる祭り状態だった。
佐野氏の在日認定もあり、保守系まとめは躍起になって潰しにかかった。

テレビがトートの疑惑に追従し、2ちゃんねるや各まとめサイトでは盛んに「追い込み」という語が使われた。
そしてエンブレムは撤回された。

テレビの敗北とか左右共闘の個人攻撃とか、見るべきところは多い。
ネット世論がテレビを動かし、ネットに親しまない層をも動かし、世論を形成したという事実も。

と、ここまでは朝日新聞の記事でも同じようなことが書かれていた。
先を越されて悔しいので、朝日新聞っぽい視点から朝日新聞が書かないであろうことも書きたい。

ネット世論が世間を動かすといえば、お隣の国 韓国のネチズンが有名だ。

ひとたび炎上すると、ターゲットになった企業や芸能人は徹底的に追い詰められ、過去には自殺者を出したこともある。

日本も同じようにSTAP細胞問題では理化学研究所の副センター長を自殺に追い込んだこともあったが、これは週刊誌の報じたところが大きいので、やや異なる。

韓国のネットと日本のネットには決定的な違いがある。

韓国はまず新聞が報じ、それを多くの人々がネットで叩き、テレビや新聞がまたその炎上を報じて煽る。
日本はネット市民の一部が掲示板で叩き、まとめサイトが悪意を濃縮し、ツイッターなどで悪意を少しずつ足されながら拡まる。

まとめサイトという癌と、リツイートという不幸の手紙式 悪意増幅方法。これ。
根底にあるのは韓国ネチズンのような激しい感情ではない。
少しの悪意と黒い快楽。個々の罪は軽いけど、悪意の積み重ねで人を殺す。

「日本の恥だ。恥をかかされた。」
そんな口実のもとで市中引き回し磔獄門。今も「お前のせいでこんなに市民や企業は被害を蒙った」と言わんばかりのポスター剥がし報道。

ネットが騒動に飽きても、遅く火のついたテレビはなかなか手放さない。
「分かるな?腹を切れってことだぞ。」
そう言っているように見える。
そんなことを人に言う権利なんて誰にもないと理性では分かっているはずなのに、制裁してよい空気が作られる。

デモもそう、2ちゃんもそう。
相手がアベなら・韓国なら過激なことを言ってよい。だって人間じゃないから。

大正義大勝利。

右も左も底なし沼で未来はない。